高校入学


 勉強という勉強は一切しなかったのに、こんな私でも、無事高校生になる事が出来ました(笑)。入学先は松本のMヶ丘高校です。
 当時この高校は、男子生徒が女子生徒の半分しかいない、何やら、ほぼ女子校みたいな高校でした。しかも、今まで通っていた中学の「まさに」隣だったのと、バンドらしき存在を中学在学中に確認することが出来なかった為、気が進まなかったのに入学してしまった…いや、させられてしまった…のでした。
 まぁ入学する前、中学の担任に志望校を聞かれ、迷わず「F志」と答えたにもかかわらず「馬鹿も休み休み言いなさい!」と一笑に付され、薦められた先がこの「Mヶ丘高校」だった訳ですから仕方ないんですけど。。

 高校入学当時はバスケットボールクラブに入部し、部活に“うつつを抜かして”いた私でした。一応、中学時代にもバスケ部に在籍していて、それなりの成績は収めていました。そのせいもあって、Mヶ丘高校のバスケ部の顧問からは何度となく「Mヶ丘高校に来い!」と誘われていたので、まんざらでは無かったんですけどね。
 ところが、いざ入学してみると、その顧問は女子バスケ部の顧問で、男子のソレにはあまり関わっていなかったんですね〜。だから何だか、初めから騙されて入学したような気分だったんです。

 いえいえ、音楽を忘れてしまった訳ではありません。ただ後に、インターハイに推薦される(厳密には「されそうになる」)ほど、ホントはあたし活躍?してたんですよね。こんな事書いても誰も信じないでしょうけど。。f^^;)

 私の場合、世間で言うところの“器用貧乏”なのでしょうか、何をやっても、取り敢えず一応のレベルまでは到達してしまうんですよね。これは子供の頃からそうでした。だから…なのか、それまで、無理もしなければ、あまり努力という事もせずに過ごしてしまったんです。努力したのはドラムの練習くらいだった…のかも知れません(笑)。

 さて、高校生初のバンドは、前述の中学時代の担任に一笑のもとに伏された「F志高校」に通う、中学の同級生だったY山くん達と作ったバンドでした。
 メンバーは、ピアノがそのY山くんで、ベースがT木くん…と、後のメンバー名は忘れてしまいました。まぁ兎に角、5人編成のバンドで「キャロル・キング」や「エルトン・ジョン」の曲、はたまた「赤い三角定規」の曲などをF志高校の学園祭「蜻蛉祭」で演奏しましたっけ。
 そう、このバンドは文化祭のためのバンドだったんです。

 その「蜻蛉祭」で、私は“とんでもないもの”を見てしまう事になります。

 それは中学時代、隣のクラスに居たK林くんが組んだバンドで、もう流石にバンド名まで覚えてはいませんが、当時流行り始めていたプログレッシヴ・ロック(通称:プログレ)の最右翼バンド?「エマーソン・レイク&パーマー(通称:EL&P)」をコピーしてステージに立っていたのです。
 確か、メンバー構成はキーボード、ドラムス、サックスの3人編成で、ベースレスだったのですが、サックスがそのベースの代わりを上手くこなしていた…と記憶しています。
 で、何が“とんでもないもの”だったのかと言えば、高校生の分際で、あのEL&Pをコピーして演っていた事自体が…まずソレです。いくら、そのK林くんがクラシックピアノの長野県コンクール?で優勝だか準優勝したと云う経歴の持ち主であったとしても、たかだか私と同じ高校生なのですからね。
 ところが彼らは、いとも容易く「EL&P」を演っちゃうんですから、もう私はカルチャーショックを受けてしまいましたよ。

 でも、そのおかげで、その後のドラム練習にも力が入りましたし、私自身、一層音楽にのめり込む事となってしまうのでした。
*因みに、このK林くんとは後々一緒にバンド演る事になります。

(2004.12/21)


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