GSブーム


 TVやラジオでグループサウンズ(以下GS)が採り上げられるようになると、私も一応は世間様と同じようにそれを聞きましたね。けれども、決して「熱狂する」という聴き方ではなく、ただ「流れているから、知らず知らず耳に入っていた」という聞き方でした。はじめは・・(笑)。
 時代的には1966〜8年頃だったと思います。

 そう言えば、当時「ヤング720」という人気番組がありましたっけ。確かTBS系で、ウィークディの朝7時20分から放送していたんで、「720/セブンツーオー」って番組名だったんだと思います。“ヤング”のための情報番組で、もう、朝っぱらからGSの演奏とかも演ってましたね。
 この番組を真剣に見始めたのは、中学に入ってから…だとは思うのですが、毎朝、登校前のひととき、当たり前にTVから流れていましたし、私も“少々年上”のお兄さん方の情報に興味のある年代でしたから、何となく横目で見ていましたっけ。

 そんな番組見てたから…なんでしょうか、いつの間にやらGSの曲を口ずさむようになっていました。一概にTVの影響だけ…とは言えませんが、ホントいつの間にやら…の事でした。

 '60年代中ごろ、イギリスのリバプール周辺で発生した「新しいサウンド」が世界中に影響を及ぼし、その一つの結果が日本に於けるGSブームとなった訳ですが、以後のブームのように、メディアが作り出したブームと違って、当時のソレは信に沸き起こったブームだった訳です。
 そう、この頃のGSブームは、ある種「狂気」が伴うほどのブームでした。ですから、まだ子供だった私まで汚染(?)されてしまったのは、無理も無い事だったんでしょう。
 まぁ、これは、その時代を実際体験した人でないと解らないかも知れませんが。。

 で、私が口ずさんでした曲と言えば、決まってオックスカーナビーツテンプターズ('68年デビュー)等の、GSの中では、どちらかと言うと「危ない系」でしたね。
 オックスは当時「失神」と言う言葉が代名詞でしたし、カーナビーツはイギリスのモッズ風、テンプターズは和製ストーンズでしたから、まさに「危ない系」だったのです(笑)。
 一方、フォーク・ロック系のワイルド・ワンズスパイダース('66年デビュー)、ブルーコメッツ('66年デビュー)等の「危なげない系」は、どうも好きになれなかったようです。タイガース('67年デビュー)はまた別格ですね。

 母は母で、そのブルーコメッツのシングルを、発売される度に買い漁っていました。またこの頃、ポータブルプレーヤーだった再生機もオーディオとは呼べないまでも大きなステレオに格上げになりました。
 どうやら母は、そのブルコメのベーシスト高橋健二に相当入れ込んでいたようです。私は三原綱樹かと思ってたんですが、意外にも面食いではなかったんでビックリしました。んな訳で、我が家には今でもそのシングル盤が残っています(笑)。

 そう! ちょうどその頃、母が、洋楽をカバーしているブルーコメッツの「ヤング・ビート」(右写真)というLPレコードを購入してきました。今まで全くブルーコメッツの曲など自らターンテーブルに乗せる事など無かったのですが、そのレコードだけは正直言って結構聞き込みました。ある意味、私に洋楽の面白さを教えてくれたのは、このアルバムだったのかも知れません。
 収録されていた曲は「ダンス天国」や「マシュ・ケ・ナダ」、「ラ・バンバ」といった「何処かで聞いた事がある」曲ばかりでしたけど、中でも、私のお気に入りは「ルイ・ルイ」でした。そう言えば、なぜかラテン系の曲が多かったのが特徴でしたね。
※ただ、演奏は今聴くとヘボなんですけど…。あっと、失礼!(笑)。

(2004.9/5)


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