高山寺 三重塔
名 称 宝珠山 高山寺(こうざんじ)
指 定 県指定文化財 指定日 昭和60年7月29日
所在地 長野県上水内郡小川村稲丘7119(goo地図
建立年 江戸時代中期 元禄11年(1698年)
高 さ 17m 床 面 一辺3.36m
相 輪 鋳鉄製 屋 根 銅板葺き
備 考 この三重塔は、もともと新海神社の別当で神社東にあった神宮寺の塔だったようですが、明治の神仏分離で神宮寺は川原宿に移転させられ、三重塔は宝庫という名目で現在の場所に残されたようです。
その他 鐘楼門(木造2階建入母屋造 門兼務形式/江戸末期)、観音堂(桁行5間 梁行3間 入母屋造 茅葺/室町時代)、は小川村の有形文化財に指定されています。
▲三重塔(鐘楼門脇より)
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 「信濃三十三番札所巡り」の結願(けちがん)所として親しまれて来たこの高山寺は、大同3年(808)あの坂上田村麿が観音堂を創建し、建久6年(1195)には、源頼朝が移転再建して三重塔を創建したと伝えられる、非常に古い歴史を持つ寺で、往時は末寺18ケ寺を持ち、七堂伽藍を誇っていたと伝えられています。
 現在ある三重塔は、江戸時代の元禄7年(1694)から5年の歳月をかけ、木食山居故信上人(1655〜1724)によって修造再建されたもので、その後、柿葺屋根の葺替が3回実施され、大正11年(1922)に銅板葺に、平成元年昭和大修理を行い現在に至っています。

 巡礼時の小川村は冬真っ盛り。さすがに山間の村だけあって、途中「辿り着けるの?」と心配するほど雪が残っていましたが、幸い道路に雪はほとんど無く、思いがけず雪の残る高山寺の画が撮れました。

▲ 三重塔 2・3層部分
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▲鐘楼門と三重塔
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▲三重塔と鐘楼門
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▲三重塔 西北面
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木食山居故信上人】(1655〜1724)
江戸中期松本に生まれ、後に大町市の弾誓(たんせい)寺の住職となり、北安曇、鬼無里、戸隠方面を放浪し、自ら多数の仏像を残しました。作品の特色は、素朴で温和な彫法にあります。
尚、高山寺裏の虫倉山は佐渡と並んで木食(もくじき:五穀を断ち木の実を生のままで食べる行)行者の修行が行われました。

 高山寺は、地図的には山間にあるものの、県道に接していて駐車場がそのまま寺域と隣り合わせているため、足の不自由な方でも容易に巡礼が叶います。しかも、長い参道や杉並木などはありませんが、本堂、仁王門、鐘楼門、観音堂、三重塔などが建ち並ぶ大寺院で「信濃三十三番札所巡り」の結願寺としての風格を漂わせる大寺です。

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