牧之島城跡

 長野県上水内郡信州新町牧野島 

 皆さんは牧之島城という城跡をご存知でしょうか? 戦国武将の中でも一際勇猛果敢とうたわれた、かの武田信玄が永禄9(1566)年馬場美濃守信房に築かせたと言われる古城です。
 わたくし、かの『信州新町』を通る度に、道端にある小ぶりな「牧之島城」の看板は気になってはいたのですが、つゆぞ訪れる機会が無く今まで過ごしていました。ところが先日、そう、桜が咲きほころぶ春爛漫の期に、ようやく念願叶って訪れる好機を得たのです。
 その「牧之島城」ですが、訪れてみて、その遺構の保存状態に舌を巻いた…と言うか、感動いたしました。
 とは言え、武田・上杉の激戦地でもあった当城は、建造物の類いは勿論全く現存していません。けれども、本丸・二の丸・馬出(三の丸:左写真)の土塁や堀、空堀等は完璧に近い形で保存されています。ふ〜む、侮るなかれ信州新町。
馬出全景
 さて、実際私の足跡をそのまま御紹介するとしましょう。まず、車を馬出(三の丸)に駐車し、主郭(本丸)へ掛かる木橋(左写真)を渡り城内へ。木橋からは千曲川を見下ろせ、その光景に、思わず声を上げたほどです(右写真)
馬出から本丸に掛かる木橋 木橋より千曲川を望む
 当城は、山間部を流れる犀川が蛇行して作り出した半島状地形の最も狭い部分に築かれた城(最下地図を参照)で、三方が犀川に囲まれた堅固の城であり、越後に対する防備と、松本〜善光寺間の押さえとして、また更級・上水内郡の支配拠点として重要な城でした。
千人桝形(本丸側から)
 木橋を渡ると、千人枡形と称される虎口(左写真)を通り、主郭に至る訳ですが、この枡形は典型的な内枡形で、どうやら武田時代の遺構ではなく、より後のものである…と考えられているようです。

  本丸は東西約60m×南北約50mと小ぶりな城域で、その最奥(西端)には「御前水井」と呼ばれる井戸跡(左写真)があります。
 これは昭和49年(1974)、史跡公園整備の目的で本丸発掘調査が行われた時に確認され、同じく本丸北側の枡形も、同年の発掘調査時に復元されたようです。
 また、本丸北西部の高い土塁上には「馬場信房之城址の碑」(右写真)がひっそりと立ち、その本丸・二の丸両郭の西側に大規模な堀切が確認できます(左および冒頭写真)
 私的には、ここから見た光景が、一番牧之島城らしく感じました。

本丸(桝形付近の土塁上から) 堀切り
御前水井 馬場信房之城址の碑
本丸西の堀切 本丸土塁
◇牧之島城の簡単な縄張り図はこちら
 本丸から、復元された枡形虎口(左写真)を抜けると、水堀に木橋(左下写真)が架かり、現在広場になっている二の丸に出る事ができます。広さは東西約80m×南北約40mほどでしょうか。
 水堀の幅は4〜5mほどで、本丸と二の丸とを仕切っていますが、堀の水は循環も無いようで少々汚かったですね。私が責め手なら、絶対入水しません(苦笑)。
虎口(本丸から) 虎口枡形(土塁上から)
水堀 本丸虎口(二の丸から)
 二の丸北には、牧之島城の別名「琵琶城」にちなんだ?「琵琶古跡神社」(左写真)があります。城域内では、神社の社部分が一番高い場所で、かつては天守に相当する建物か、物見櫓の類いがあったのではないか?…と思われます。
琵琶古跡神社
 本丸から千人枡形を東に出ると三の丸(左写真)があり、扇型の土塁を挟んで、武田の城の特徴とも言われている三日月堀(左写真)が、往時そのままの姿で残されています。

 城跡から東へ出て、県道16号を南へ向かった場所で撮影したのが右の遠景です。中央のこんもりとした部分が牧之島城ですが、この写真からも自然の要害の地である事が伺われます。

社から千人枡形へ 三の丸
三日月堀 牧之島城遠景
 因みに、二の丸脇の道路端に解説板がありましたので、内容を下に記載しておきます。
 この城は永禄9年(1566)武田信玄が馬場信房(美濃守)に築かせ、越後に対する警備と更級・水内山部の鎮撫にあてた城である。
 元香坂氏の居城牧城の一部で犀川の大湾曲部を利用して新たに縄張りしたもので、虎口の丸馬出、本丸脇の隠し馬出し(千人枡)をはじめ随所に築城の妙をこらしている。
 天正3年(1573)5月31日信房が長篠に戦死後。子信春が在城したが、天正10年武田氏滅亡後、上杉景勝の居城になり、芋川親正父子が置かれた。
 慶長3年(1598)景勝の移封後、海津城主田丸直昌・森忠政等がここを管し、慶長8年海津城主となった松平忠輝は、はじめ老臣松平信直に在城させたが、元和2年(1616)忠輝が罪によって改易されると共に牧之島城も廃城となり、築城以来50年で城郭としての機能を失った。

 長野県教育委員会 信州新町教育委員会

本丸全景(パノラマ風に合成してみました)

DATA

Yahoo!地図情報
住  所: 長野県上水内郡信州新町牧野島
アクセス: 国道19号線信州新町「牧之島城入口」看板東入、徒歩1分。
別  名: 琵琶城
区  分: 平城
築 城 者 : 武田信玄の命により馬場信房が築城
築 城 年 : 永禄9年(1566)
主な城主: 馬場信房
遺  構: 土塁、堀、空堀
城  域: 約250m×120m
保存状態: ★★★☆ お勧め度:★★★★
訪  城: 2004年4月、2005年5月

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